「是は奴留湯久則といふ者なり。吾と思はん輩は、出合いて勝負をせよ」とわめく。味方の陣から萌黄匂の鎧(※)を着て、黒い馬に乗った武者が進み出て言う。 「是は吉田守致生年十八歳に罷(まかり)成り。若輩とは申ながら、奴留湯殿とやらんに見参申さん。」と名乗りを上げて馬を打ち寄せ、戦うかと見えたが、むずと組んで、両馬の間にドッと落ちた。久則は大力の持ち主で、守致を組み伏せる。しかし守致も又有名な大力であったから跳ね返して組み伏せた。上を下へ、下を上へと、二三度程も組み合ったが、狭い溝川に転び落ち、溝の中で久則はついに組み勝って押し付け、頭を抱えると腰の刀に手をかけた。 >次へ ※)萌黄匂(もえぎにおい):上から下へしだいに萌黄色を薄くしたもの
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